ニッと笑いながら横を見るこの表情が私の写真ポーズの定番になっていたことを発見。
同じポーズの写真が何枚もあります。

人は年を重ねても
目だけは変わらないものだとこの写真を見て思います。

この家は父と近所の方が作ったお家で
こじんまりとした小さなお家でした。

隙間風が吹き抜けるような家でしたので
とにかく寒かった!

でも、家族と過ごした時間ではこの頃が一番
楽しかったかもしれません。

父はいつも陽気で
母は私をすごくかわいがってくれました。

タイルでできた台所やお風呂が大好きでした。

ですのでうちの今のキッチンの壁もタイルです。

この時の断片的な思い出の一つ一つが
額縁のついた大きな写真のようです。

その思い出が私の今の人生に大きな影響を与えていると思います。

 

 

 

心の引き出し

苦労と苦難の日々を教えてください。
そう聞かれたら
多分。。次々と出てきます 笑

私は嬉しいことよりも
悲しいことや辛かった思い出の方が
心の引き出しの手前に整理されているようです。

でも、今回のお題は
子供の頃の楽しかった思い出です。

写真を見ると具体的なことが思い出されるのでは。
と、懐中電灯を持って屋根裏に。

積み重ねたアルバムの埃を払って
次々にページをめくりました。

もう、自分の写真を見ることもないだろう。
と思っていましたが
暗闇の中、明かり一つで
楽しい思い出の世界にすっぽりと入り込んでしまいました。

忘れていた楽しかったことが溢れるほどにありました。

特に家族の笑顔は宝物です。

何枚か引き抜いては
いつも見えるところに飾ることにしました。

 

 

 

思い出が人生になる

さて本題。

子供の頃の楽しかった思い出は
私の英語オタクの所以である
アメリカの思い出です。

小さな時にアメリカに行った訳ではありません。

私の町には米軍基地がありました。

母が美容室を持っていたので
外国のお客様がたくさん来られていました。

外国の女性で子供さんを連れてこられることも多く、
話ができなくても外国の子供達とよく遊んでいました。

基地でのカーニバル
もらった見たこともないお菓子
パッと開いたチュチュのついたドレス
電気がつくクリスマスの飾り

どれもが夢のようでした。

いつの間にか
外国の家族の人たちはいなくなり
リトルアメリカだった私の町は
普通の町に戻って行きました。

それが寂しくて
リトルアメリカの雰囲気を残す建物をいつも目で探していました。

夢のような時間の中で聞いた英語の美しいリズム

英語が話したい。
あのアメリカをもう一度見たい。

その思いは半世紀過ぎても
私の中で色あせることはありません。

 

 

 

変わらないもの

21歳の時の私。

まさか小さな時と同じ顔をしていたなんて
今、初めて知りました。

これは念願だったアメリカに行った時の写真です。

もちろん、英語が話せず
がっくりと肩を落として帰ってきましたが 笑

ここからも私の子供時代の楽しい思い出
”アメリカ”
は私とずっと一緒にいてくれます。

その当時の写真は一枚もありません。

でも私の心の中の引き出しには
たくさんの写真が色鮮やかに残っています。

そんな楽しい思い出を
くらい屋根裏においておくのはもったいないことですね。

暗い思い出は奥の方
明るく楽しい思い出は
開けたらパッと顔に花が咲くように飾っておきましょう。

 

 

色褪せない思い出

昨日の夜から
部屋にアルバムや写真が散乱して大変です!

古いアルバムの中に
きらきら光る小さなダイアモンドのような思い出が
こんなにあるなんて考えもしていませんでした。

今回、”小さな頃の楽しい思い出”というお題を頂かなければ
私は楽しいことを忘れてしまうところでした。

これからは
楽しい思い出とともに
生きていきたいと思います。

 

私が所属している
くれたけ 心理相談室 代表 竹内嘉浩さん

今回のお題を本当にありがとうございました。