「笑顔になれない」
そんな方が割と多くおられます。

写真を見せていただくと
確かに楽しい場面でありながら
笑顔ではないことが多いのです。

あの時のことは覚えている。
とても楽しかったし
他の人は笑っているのに
自分には笑顔が少し少ない。

そう感じられているようです。

 

 

笑顔が咲いていない

ブログを書くようになり
自分の写真を撮ることが多くなりました。

写真を撮るようになった最初の頃
私は自分の思った通りの笑顔がその写真に写っていると思っていました。

ところがそうでもなかったのです。

目と口元は笑っているけれど
眉の間がかなりこわばっていることに気づきました。

笑顔が咲いていないのです。

なんでだろう。と、マッサージをしたり
笑顔の練習をするのですが
何度撮っても強張りは取れません。

深刻になるほどでもありませんが
自分なりに考えてみました。

なぜ楽しかったあの時の心が
笑顔として反映されないのだろう。

どうやったら、自分の気持ちそのものの
笑顔になれるのだろう。

 

 

笑顔の履歴

幼い頃の写真を見てみると
全般的に
私は割と笑顔が多いと思います。

小さな頃から私は集団が苦手でしたので、
学校に行くことはとても辛いといつも感じていました。

それに加えて運動も全くできませんでしたので
人と比較して自分は駄目な子だといつも思っていました。

当然、自分を肯定する材料を見つけることができず
私は自分を根暗な人だと最近まで思っていました。

でもこの写真を見ると根暗には見えないのです
どうみても能天気です。笑

きっと色々と才能を持っていれば
能天気なまま育ったのかもしれませんが
学校での生活で、自信を失い
笑顔が少なくなり自分をネガティブな人だと思い込んでしまったのだと思います。

 

 

 

笑顔の練習

 

一人でいる時間は長いのですが
案外、笑うことって多いものです。

テレビを見て
大笑いすることはよくありますし

子供たちとの交換日記を見ても
読むたびに笑いがこみ上げてきます。

面白いから笑うというより
笑うと面白くなってくることに気づきました。

基本的に笑うのは人間だけと言われていますが
(動物たちの笑顔はあると、私は思っています)

人の顔の筋肉は骨についているので
その筋肉が笑うことに使われると
それだけで脳は楽しんでいると認識して
さらに楽しい気持ちにさせてくれるそうです。

自分の気持ちのレベル通りの
笑顔を出したい。という気持ちで
楽しい時には楽しい笑顔を出すようにしています。

 

 

 

笑顔の素

そして私の笑顔の素はなんだろう。と考えました。

ある写真を見ると必ず私の口角が上がることを発見。

インスタグラムで見るポインター犬の写真です。

何がそんなに気に入ったのか自分でもわかりませんが
とにかくそれらの写真を見ると
人前でも歯を見せてしまうくらい笑顔になります。

そして、家族や昔一緒に暮らした犬たちの写真も
私をいつも笑顔にしてくれます。

同じ写真なのに
毎回笑顔になるなんて不思議です。

そんな毎日を暮らすようになり
今、自分の笑顔の写真は
私が幸せを感じているレベル通りの笑顔となっていると思います。

確かに年齢を経て
シワも気になりますが 笑

自分が人に誇れるのは
笑顔だと自負しています。

私はいつでも人の笑顔が見たいです。
ということは
きっと人も私の笑顔を見たいと思ってくれていると思います。

幸福だから笑うのではない。

笑うから幸福なのだ。

幸福論の著者 フランスの哲学者アランの言葉です。

 

 

 

私の好きな笑顔

瀬戸内寂聴さんの笑顔です。

メイクもしていない。
髪の毛もない。
でもとびきりの素敵な笑顔。

しかも可愛い!

ここまで自分を高めることができるかは
今からの生き方次第なのでしょうね。

まだまだな自分ですが
寂聴さんの年齢までにはもう少し
時間があります。
それまでどれくらい近づけるでしょうか。

いつか
「 新子さんの笑顔になりたーい。」
そう言ってもらえるくらいになりたいものです。